「何も無理して学校に行こうとしなくていい」
不登校で苦しんでいる子たちに向けて、そう話すペンギンカビィさん。小学3年生の12月頃にニジアカへ入学し、現在6年生。入学当初はオンラインで顔も声も出せなかったといいますが、今は全校ホームルームの司会を任され「司会マスター」と呼ばれています。今年、仲間と立ち上げた「にじんをよりよくしよう」というプロジェクトも、現在進行中です。
この記事では、からかわれた経験によって自分を押し込めてしまったペンギンカビィさんが、ニジアカで過ごす中で少しずつ自分を出せるようになり、それがいつしか、誰かに言葉や思いを届けることにもつながっていった——そんな歩みをお届けします。
からかわれた経験、言えなくなった気持ち
ペンギンカビィさんが自分の気持ちを言葉にしづらいと感じ始めたのは、小学2年生の頃だったといいます。男の子でありながら、可愛いものやピンク色が好き。そんな理由で、からかわれてしまうことがありました。
「男の子ではあるんですが、可愛いものとかが好きでして、ピンク色とかも好きで、そういう色の服を着ていたりしていたので、そういうのでからかわれてしまって」
今は、この出来事についてこう振り返ります。
「男の子だけど可愛いものが好きとか、女の子だけどかっこいいものが好き、というのは別にそんなに変なことではない」
自分の気持ちを正直に言えなかったのはこれだけではありませんでした。友だちに遊びに誘われると、本当は1人で過ごしたい気持ちがあっても断れずに合わせてしまうこともありました。
「1人で遊びたいけど、遊びに誘われて、ちょっと断れなくて、で結局1人で遊べなかった」
また、学校の教室そのものにも、落ち着かない空気を感じていたといいます。クラスには元気いっぱいの子がいて、その子が先生に注意される声が教室まで聞こえてくることも、つらく感じていたようです。ただ、勉強でつまずいていたわけではなかったといいます。

▲ペンギンカビィさんの家にある、
ぬいぐるみたちの写真
学校に行かなくてもいい、と思えるまで
小学3年生になって1週間ほどは登校しましたが、それから学校に通わなくなりました。学校へ通わなくなったきっかけを一つに絞ることは、本人にとっても難しいようです。小さな嫌なことの積み重ねが、少しずつ膨らんでいったのかもしれません。
「不登校」という考え方に対して、ペンギンカビィさん自身の中で変化が訪れました。
「僕らも元々は不登校じゃなくてちゃんと学校に通わないとっていうふうではあったんですが、そこからいろいろと知っていって、不登校でもいいんだというふうに、考えになってきて」
不登校に関する本をいくつか読んでいく中で、自分と同じような気持ちを抱えている子どもの存在に触れることで、そう思えるようになっていったようです。この本は、家族が用意してくれたものでした。
そんな中、両親がニジアカを見つけてくれたそうです。
ニジアカって「こんなことをしてもいい場所なのか」
入学のきっかけは、入学前の体験会にありました。当時のニジアカはまだできたばかりで、生徒もそれほど多くありません。初めて参加した体験会で、忘れられない光景に出会います。全校ホームルームの中、画面に顔を映しながらアイスを食べている子がいたのです。
「こんなことはしてもいい場所なのか、って思いました」
そこには、学校とは別の価値観があり、授業のスタイルも違っていました。
「ニジアカの方ではまず子どもたちが自分の意見を言える」
この体験会をきっかけに、小学3年生の12月頃、ペンギンカビィさんはニジアカに入学しました。
顔出しも声出しもしなかったところから、少しずつ
入学当初は、顔出しも声出しもできず、ニジアカで使うツールにも戸惑うことが多かったそうです。
「ニジアカのオービスとかスラックとかの操作にまだ慣れていなくて、それでどうしたらいいのか分からなくて」
しかし、日々を重ねる中で少しずつ変わっていきました。
「オービス、スラック、キャンバ、この3つはもうほとんど完璧に使いこなせていると言っていいんじゃないですかね」
今では、顔も声も出してオンラインに参加しています。

▲(左の写真)小学3年生の頃、
カービィプレゼンのリハーサルの様子
(右の写真)小学4年生の頃、
ホームルームで2回目の
カービィプレゼンの様子

▲小学4年生の頃、
オンラインで出会った仲間たちと
初めてのリアルイベント・東海地方遠足にて
(上段右から3番目がペンギンカビィさん)

▲小学5年生の頃、
あおたり先生のクラス会議
画面越しに顔を出し
仲間と一緒に参加しています

▲(左の写真)小学5年生の頃、
クラス会議でパソコン片手に卵焼き作り
(右の写真)完成したものを
画面の向こうの
みんなと一緒に食べている様子
スクラッチでの創作~好きを形に~
少しずつ自分を出せるようになっていく中で、ペンギンカビィさんが夢中になっていったのがスクラッチというプログラミングでのゲーム制作でした。このツールに出会ったのは、小学4年生の8月頃。当時のニジアカの先生と一緒にゲームを作ったことがきっかけでした。
「これ全部、僕の自信作」
そう胸を張って見せてくれた作品の数々。
パズル企画にも挑戦し、レベル別に激ムズレベルまで用意した回は大好評で、2回目も実施しました。
好きなキャラクターを題材にした作品を重ねる中で、ペンギンカビィさんは完全にオリジナルのアイデアで作品を作るようにもなっていきます。その一つが「おにぎりのゲーム」です。特定のボタンを押すことで、おにぎりの中身が変わり、おにぎりの能力も変化する仕組みになっています。シャケおにぎりならジャンプ力が上がり、タラコおにぎりなら落下速度がゆっくりになる——発想豊かな世界でした。
技術の高い仲間の作品について、ふと、こんな言葉もこぼれました。
「いつかこんな感じのむちゃくちゃ操作性のいいアクションゲームを作ってみたいです」

▲スクラッチで制作した
自作ゲームの一つ
おにぎりのゲーム

▲(左の写真)スクラッチで
自作ゲームを制作中
(右の写真)「から揚げシューティング
〜レモンスター〜」の画面
登場キャラクターは、仲間に呼びかけて
集めたアイデアから生まれました
自分の声を仲間のために
ニジアカという場所で、自分の気持ちを素直に表現できるようになっていったペンギンカビィさん。クラスでの時間を重ねるうち、司会という役割も回ってくるようになりました。
「だんだんと慣れていって途中からクラスの司会もやるようになっていて」
クラス、チーム、全校ホームルームの司会と、任される場面は広がり、今ではあおたり先生のクラスで『司会マスター』と呼ばれています。
司会をするうえで意識していることも、教えてくれました。
「意識していること、司会だけじゃないんですが、とにかくいつも明るい感じでいることは大切ですね」
ある出来事をきっかけに、その力が仲間のためにも発揮されることになります。今年6月、ニジアカ生が公開していたマインクラフトの作品が壊れてしまう出来事がありました。スクラッチで作品を作り続けてきたペンギンカビィさんだからこそ、感じたことがあったようです。
「そうやって作ったやつが壊されてしまうというのが、嫌なのがよく分かりまして」
ニジアカで悲しい気持ちや嫌な気持ちになる人をなくしたい——そう考えたペンギンカビィさんは、自分の考えをスライドにまとめ、あおたり先生のクラスの仲間と準備を進め、全校ホームルームで「にじんをよりよくしようプロジェクト」としてプレゼンテーションを行いました。
さらに、そこで終わらせず他のクラスも巻き込んで話し合いました。ストレスが原因なのではないか、操作に不慣れで間違って押してしまっただけではないか——一つの原因に決めつけない意見が交わされました。
「今回のニジンアカデミーをよりよくしようプロジェクトは、単にマイクラだけではなく、オービス、スラック、キャンバ、そういうことに関する問題も今回のきっかけで解決していこう、みたいな感じになっていますね」
目の前の友だちのために動いたことが、気づけばニジアカ全体の取り組みへと広がっていました。



▲ペンギンカビィさんが作成した
「にじんをよりよくしようプロジェクト」
のスライド(一部抜粋)

▲全校ホームルームで司会を
務めるペンギンカビィさん

▲門出を祝う会(卒業式)で
画面越しに乾杯の挨拶を
務めたときの様子
(左の写真)乾杯の前
(右の写真)乾杯の瞬間
「何も無理して学校に行こうとしなくていい」
最後に、今ニジアカに入りたいと考えている子どもたちへ、メッセージを聞きました。
「1つ言えるのは、不登校で苦しんでいる子たちに向けて言えるのは、何も無理して学校に行こうとしなくていい。苦しいんだったらちゃんとみんなに言う」
ペンギンカビィさんは、続けます。
「フリースクールはまだまだ日本の中には少ない。自分の住んでいるところの近くにないという子も多いと思う。僕もまさに近くにフリースクールがありませんでしたからね」
近くに居場所がなくても諦めなくていい理由を、ペンギンカビィさんは知っています。
「でも、ニジンアカデミーはオンラインのフリースクール。何も遠くに行かなくてもパソコン、スマホ、タブレット1台。たったの1台でフリースクールに行けてしまう。ニジンアカデミーは、オンラインだからそんな遠くに行かなくっても、安心できる家にいるだけでできる。みんなもニジンアカデミーに入ろう!!」
ペンギンカビィさんの力強いメッセージでした。

▲小学5年生の頃、
クラス会議で作った七夕ゼリー
思わずこの表情
おわりに
「何も無理して学校に行こうとしなくていい」「苦しいんだったらちゃんとみんなに言う」——今の彼は、自分の気持ちも、誰かへの思いも、そうして言葉にできます。好きなものを好きと言えなかった頃から、ニジアカで自分の意見を言っていいこと、人と違っていいことを感じ取り、だんだんと自分を出せるようになっていきました。マインクラフトの作品が壊れてしまったあの日、迷わず動けたのはもしかしたらそれまでの一つひとつの自分なりの歩みが、彼の中で育っていたからなのかもしれません。これからもペンギンカビィさんらしく歩んでいくことを、私たちはずっと応援していきます。
記事執筆:ボランティアスタッフみっちー

