保護者インタビュー
感覚過敏で不登校に。「服が痛い」と泣いていた娘が、全校児童の前で発表するまで
まゆちゃんとご両親
- 在籍
- NIJINアカデミー
- 好きなこと
- Canvaでの資料作り、仲間との発表
- 今の挑戦
- 感覚過敏について伝える発信、EDIXでの登壇
幼稚園の頃から、服を着ると「痛い」と泣いていたまゆちゃん。小学2年生で学校に行けなくなりましたが、NIJINアカデミーに入学してから少しずつ笑顔を取り戻しました。今では自分の「感覚過敏」について全校児童の前で発表し、教育総合展「EDIX」では花王株式会社さんと一緒に登壇するまでになりました。今回は、まゆちゃんと保護者さまに、感覚過敏に気づくまでの日々や不登校になった経緯、NIJINアカデミーでの変化についてお話を伺いました。
この記事でわかること
- 子どもの「服が痛い」は、感覚過敏のサインかもしれないこと
- 小学2年生で不登校になった娘が、オンラインの学校で笑顔を取り戻すまで
- 感覚過敏の子が、大勢の前で力を発揮するために大切なこと
- 不登校や感覚過敏に悩む保護者の方へのメッセージ
「着られている」は「困っていない」ではなかった
幼稚園の頃から服を着ると「痛い」と泣いていたまゆちゃん。小学2年生で環境の変化をきっかけに学校へ行けなくなり、ご飯も食べられなくなるほど追い詰められていました。
アバターや声だけでも参加できる環境で、笑顔を取り戻した
その日の調子に合わせて参加の仕方を選べる環境で少しずつ元気に。今では感覚過敏について全校児童の前で発表し、教育総合展「EDIX」でも花王株式会社さんと登壇しました。
「服が痛い」と泣いていた幼稚園の頃
入園した頃から、服を着ると「痛い」と泣くことがありました。幼稚園は制服で、身につけるものは全部指定。嫌でも毎日着なければいけないし、バスの時間もある。「早くしなさい」と、泣いているまゆこの手を引っ張って……そんな毎日でした。
ただ、嫌がりながらも最後には着られていたので、「甘えているだけかな」と思っていました。3月生まれでもあり、園からも「みんなと同じことができています」と言われていたんです。
卒園間際、キンダーカウンセラーさんに階段の手すりを強く握っていることを指摘され、病院でリハビリを受けることに。そこで服のことを相談して、初めて「感覚過敏」という言葉を知りました。
でも、言葉を知っても毎日の生活に必死で、すぐにまゆこのつらさを理解できたわけではありません。元気に登園するほかの子と比べてしまうこと、うまく気持ちを通わせられないことが、私自身もつらかったです。
小学2年生で学校へ行けなくなったきっかけ
大きく変わったのは小学2年生のときです。環境の変化もあって、それまで何とか着られていた服まで着られなくなりました。ご飯も食べられなくなり、「頭が痛い」「お腹が痛い」と休む日が増えて、登校できなくなりました。
カウンセラーさんから「まずは好きなことをさせてあげてください」と言われ、無理に学校へ行かせることはやめました。でも、一日中YouTubeやゲームの生活。表情はなく、うまくいかないとイライラして……。「本当にこのままで大丈夫なのかな」と、不安が大きくなっていきました。
不登校から、オンラインのNIJINアカデミーを選んだ理由
もし本人が「学校に戻りたい」と思ったとき、授業についていけないのでは。そう思って探すうちにオンラインの学校を知り、Instagramやタツロー校長のYouTubeを見て「ここ、いいんじゃない?」と。
「ダメだったら、そのときまた考えよう」くらいの気持ちで体験に申し込んだら、本人が「やりたい!」と。気になったら「まずやってみたい!」というタイプなんです(笑)。
入学後に見られた変化
一番大きかったのは、ご飯が食べられるようになり、笑顔が増えたことです。何がきっかけだったのかは、私にも分かりません。でも、いろいろな人との出会いの中で少しずつ元気になっていったことが、何より嬉しかったです。
最初はパソコン操作がまったくできず、授業中にじっと座っていられなかったり、下を向いていたりしました。参加の仕方も、ペンギンのアバターの日、顔を出す日、声だけの日とさまざま。そんなまゆこを、クラスのみんなは温かく迎えてくれました。

タイピング練習からスタート。今ではチャットで友達とやり取りできるように
その日の調子に合わせて、参加の仕方を自分で選べること。どんな姿で参加しても、受け入れてくれる仲間がいること。無理に周りに合わせなくてもいい環境の中で、まゆこは少しずつ、自分のペースで過ごせるようになっていったのかもしれません。
安心して過ごせる場所ができると、もともと持っていた「やってみたい」という気持ちも、少しずつ行動に表れるようになっていきました。
今ではパソコンの操作もずいぶん上手になり、マイクラで友達と遊んだり、チャットでやり取りしたりしています。クラス発表では任されたページをCanvaで作り、校舎では顔を出して発表することもできました。お手伝いプロジェクトをきっかけに、家でも進んでお手伝いをしてくれます。子どもの成長は早いですね。
まゆちゃんのように、自分に合った参加の仕方を選びながら、少しずつ自信を取り戻せる子がいます。まずは無料の体験会でご覧ください。
「わたしは感覚過敏」と発表したきっかけ
同じクラスのKEITOさんが、「校舎に入れなくても、ひとりじゃない、仲間がいる」という思いで「ニジアカラジオ」を始めたと聞きました。まゆこも聴いていて、気分が落ちた日は、ラジオを聴いてから眠ることもあります。
その後まゆこは、自分から「感覚過敏のことを学校で話したい」と言い出しました。小学校の校長先生に相談すると、3月に先生方の前で、4月には始業式で全校児童の前で発表する機会をいただきました。資料「わたしは感覚過敏」は、自分でCanvaを使って作っています。NIJINの全校HRでも発表しました。

まゆちゃんがCanvaで作った発表資料「わたしは感覚過敏症」
全校児童の前での発表後、小学校のお友達が「辛かったね。感覚過敏のこと、家で調べたよ」と声をかけてくれたそうです。
また別の日には、しばらく会っていなかったお友達が、学校のスーパー見学で「感覚過敏だったよね」と覚えていてくれたこともあったそうです。
そんな日は一日ニコニコしていて、「もっと広めたい」と言っていました。私から見れば、全校児童の前で発表するのはすごいことだと思うのですが、本人に聞くと「普通だよ」と言うんです(笑)。
EDIX東京2026での発表
(父)「カメラを片手にハラハラしていました。終わったときは、感動よりもまず『ほっとした』。そのあとから、込み上げてくるものがありました」
NIJINに入ったから急に何でもできるようになった、ということではありません。まゆこは、流れが分かって準備ができていれば、大勢の前でも発表できます。だから、安心して準備できることや、本人が見通しを持てることがとても大切なんだと思います。
そうした自分に合った形で人とつながりながら、「やってみたい」と思ったことに挑戦するようになったことが、まゆこの大きな変化だと感じています。
「着られる服」と「着たい服」
人前での発表など、さまざまなことに挑戦できるようになったまゆちゃん。その一方で、感覚過敏による日常生活の困りごとは、今も続いています。その一つが、毎日身につける「服」のことです。

まゆこは服を見に行くと、「こういうの着たいな〜」と言います。でも、かわいいと思うデザインほど生地が合わず、試着室で「やっぱり痛い、着られない」と大泣きする。そんなことが何度もありました。
いつしか私は、「何か一つでも着られるものがあれば」と思うようになっていました。でもそうではなく、まゆこが「着たい」と思える服を着せてあげたい。「着られる服」と「着たい服」、その両方が叶う服がいつかできたらいいなと思っています。
自分の言葉で発信するまゆちゃんの姿
恥ずかしくなると黙り込んでしまう子だと思っていたので、ここまで自分から発信するようになるとは思っていませんでした。分かってもらえなかった経験があるからこそ、同じように困っている子のために声を届けようとしているのだと思います。その気持ちを大切にしてあげたいです。
不登校や感覚過敏で悩んでいる保護者の方へのメッセージ
「うちの子、何か少し違うのかな」と感じたら、親だけで抱え込まず、早めに専門家に相談してほしいです。私も、「どうしてこの子はこうなるんだろう」ではなく、「この子はどう感じているんだろう」と相談できていたら、違ったこともあったのかなと思います。
私たちには感じない痛みでも、その子にとっては本当の痛みです。先生や周りの大人にも困りごとを伝えて、一緒に考えてもらってください。
「学校に行かせなきゃ」「みんなと同じようにさせなきゃ」と思うほど親もしんどくなり、その焦りは子どもにも伝わります。私もできていたわけではありません。それでも、一緒に笑ったり、好きなことをしたりする時間を大切にしてほしい。子育てをしている今の時間は、二度と戻ってこないから。
- 対象
- 小学1年生〜中学3年生
- 参加方法
- 自宅からメタバース校舎へ。平日開校
- サポート
- 専任サポート(1対1)/少人数クラス(8〜10人制)
- 出席認定
- 希望者の97%が在籍校で出席扱いを取得(実績)
- 在籍数
- 900名超
よくある質問
保護者の方だけのご参加も大丈夫です

