【NIJIN教育万博2026】出展企業が続々決定!詳しく見る

小学4年生の不登校|「なりたい姿」が見つからない子に大人ができること【フリースクールの実践】

メタバース校舎のオンライン体験会、受付中です

授業と休み時間のようすを、実際に体験できます。日程の確認とお申し込みは公式LINEから。

在籍900名超 / 出席認定 希望者の9割以上 / 少人数8〜10人制

LINEで体験会に申し込む

先日、NIJINアカデミーのあまT先生が一人の生徒について話をしてくれました。

小学4年生の、かなたくん。

テーマは、かなたくんの「なりたい姿・ありたい姿」を見つめ、それをどう学びにつなげていくか。

その実践を聞きながら、僕自身も改めて考えさせられました。

僕たちは、こどもの「なりたい姿」を言葉にできているだろうか。


ローマ字が苦手な、かなたくん

かなたくんは、ローマ字が苦手です。

PCを使う場面でも、キーボード入力に少し苦手意識があり、なかなか取り組もうとしません。

「タイピングを練習しよう」と言われても、自分から向かっていくことは難しい。

教師からすれば、

「どうしたらローマ字を覚えられるだろう?」

「どうしたらタイピングに取り組めるようになるだろう?」

と考えたくなる場面です。

そんなある日。

かなたくんが、あまT先生にあるものを見せてくれました。

それは、キーボード入力を練習するタイピングゲームでした。

普段はキーボード入力に苦手意識を持っているかなたくんが、自分からタイピングゲームを見せてくれた。

先生にとっては、

「もしかしたら、ここに学びの入口があるのかもしれない」

そう感じる瞬間だったのだと思います。


この子の「なりたい姿」、一緒に見つけませんか

NIJINアカデミーでは、専任の先生が一人ひとりの興味や「やってみたい」を見つめ、学びにつなげています。小学生の授業の様子は、無料体験会でそのままご覧いただけます。

在籍900名超出席認定 希望者の9割以上少人数8〜10人制

でも、その興味は学びにつながらなかった

ところが、その後。

タイピングへの興味を、その先の学びにつなげることはできませんでした。

タイピングゲームへの取り組みも、次第に下火になっていった。

あまT先生が感じた課題は、

「この興味を、どうしたら学びにつなげられたのだろう?」

というものでした。

こどもが何かに興味を示す。

教師はそこに「学びの入口」を見つける。

でも、興味があることを、そのまま学びにつなげられるとは限りません。

では、どうすればいいのか。

そんな問いから始まったプレゼンでした。


「そもそも、タイピングができる必要があるの?」

プレゼンを聞いたタツロー校長から、こんな問いが返されました。

「そもそも、タイピング入力ができるようになる必要があるの?」

私は、この問いにハッとしました。

今は音声入力の技術もどんどん発達しています。

「文字を入力する」という目的だけを考えれば、必ずしもキーボードを使う必要はありません。

だとしたら、

なぜ、タイピングができるようになる必要があるのでしょうか。

そして、もっと大切な問いがあります。

かなたくん自身は、本当にタイピングを克服したいと思っているのだろうか?

「ローマ字が苦手」

「キーボードを使わない」

という目の前の姿を見て、

「できるようにしてあげよう」

と考える。

でも、それは本当に、かなたくん自身が望んでいることなのでしょうか。


「興味がある」と「なりたい」は、同じではない

かなたくんがタイピングゲームを見せてくれた。

これは、とても大切な事実です。

でも、

「タイピングゲームを見せてくれた」=「タイピングができるようになりたい」

とは限りません。

もしかしたら、ゲームそのものが面白かったのかもしれない。

PCを使うことに興味があるのかもしれない。

誰かに教えてもらいたかったのかもしれない。

先生に「こんなの見つけたよ!」と伝えたかっただけなのかもしれない。

あるいは、その先に、

「PCで何かを作ってみたい」

「ゲームを作ってみたい」

「自分の好きなものを発信してみたい」

という、まだ本人にも言葉になっていない「何か」があるのかもしれません。

だからこそ教師には、

「この子は、本当は何をしたいんだろう?」

と問い続けることが必要なのだと思います。

目の前の行動を、すぐに「できるようになりたいこと」と決めつけない。

その行動の奥にある思いを、こどもと一緒に探していく。

それが、こどもの「なりたい姿」を見つけるということなのかもしれません。


NIJINが「最先端」であるということ

タツロー校長からのメッセージ

タツロー校長が話していた言葉が、とても印象に残っています。

NIJINが最先端なのは、テクノロジーではない。

「主体の約束」という点において、最先端なのだ。

AIでもない。メタバースでもない。音声入力でもない。

もちろん、NIJINでもさまざまなテクノロジーを活用します。

でも、それ自体が教育の目的ではありません。

大切なのは、

「この子は、どうなりたいのか」

「この子は、どうありたいのか」

という、その子自身の主体を大切にすること。

そこから教育を始めることなのだと思います。

タイピングができるようになることも、ローマ字を覚えることも、それ自体がゴールではない。

その先に、こどもがどんな自分になりたいのか。

何を実現したいのか。

そこを見つめることから、学びが始まるのです。


こどもの興味から生まれる学び

「じゃあ、それを本当に実現するにはどうしたらいい?」

と問いかける。

その興味の奥にある「なりたい姿」を一緒に探し、そこから学びをつくっていきます。

例えば、こどもが「自分の好きなものを、もっと多くの人に知ってもらいたい」と思ったとします。

すると、

「やりたい」から広がる学びの一例
  • 情報を調べる。
  • 現状や相手のニーズを考える。
  • SNSで発信する。
  • 動画をつくる。
  • イベントを企画する。
  • 人にインタビューする。
  • チラシをデザインする。
  • 予算を計算する。
  • 仲間を集める。
  • プレゼンをする。

いつの間にか、

国語も、社会も、算数も、ICTも、コミュニケーションも、探究も、全部そこに含まれている。

「やりたい」という一つの思いから、社会とつながった学びが生まれていく。

僕は、これこそがNIJINの教育の面白さだと思います。

大切なのは、最初から立派な目標を言葉にできることではありません。

「なんとなく気になる」

「やってみたい」

「こうだったら面白そう」

そんな小さな興味を出発点にして、対話を重ねながら、こども自身の「なりたい姿」を少しずつ言葉にしていく。

その過程そのものが、学びなのだと思います。


教師力とは、こどもを変える力ではない

今回のプレゼンを聞いて、私自身の中で「教師力」という言葉の意味も少し変わりました。

教師は、こどもを変える人ではない。

「こうなってほしい」と大人が思う方向に、こどもを導いていく人でもない。

もちろん、教師は何もしないわけではありません。

むしろ、ものすごく考える。

目の前のこどもを観察する。

いま、その子に必要なものは何か。

どんな自分になりたいのか。

どんな自分でありたいのか。

大人が本気で考える。

そして、自分なりの「見立て」を持つ。

その見立てに向かって、

「こんな環境をつくってみよう」

「こんな学びを仕掛けてみよう」

と試行錯誤する。

うまくいかなければ、またこどもを見る。

「違ったのかもしれない」と考える。

そして、また仕掛ける。

その繰り返しです。

教師の役割は、こどもの代わりに「なりたい姿」を決めることではありません。

こどもが自分の思いに気づき、言葉にし、試していけるように支えること。

そのために、こどもの姿を丁寧に見取り、問いかけ、環境をつくること。

それが教師の仕事なのだと思います。


その中で、こどもと教師の関係が深まっていく

そして、私がNIJINの教育でとても大切だと思っているのが、ここです。

こどもを観察する。

考える。

仕掛ける。

こどもの反応を見る。

また考える。

また仕掛ける。

この繰り返しの中で、教師は少しずつその子のことを理解していく。

そしてこどもも、

「この先生は、自分のことをちゃんと見てくれている」

と感じるようになる。

すると、

「本当はこうしたい」

「これは嫌だ」

「こんなことをやってみたい」

と、少しずつ自分の内側を見せてくれるようになる。

教師の見立ても、さらに深くなる。

そうやって、

こどもの理解と、教師の試行錯誤と、こどもと教師の関係が、同時に深まっていく。

強く、太く、深くなっていく。

僕は、それがNIJINの教育の良さなのだと思います。

こどもの「なりたい姿」は、最初から明確な言葉になっているとは限りません。

だからこそ、教師や保護者が決めつけずに待つ。

問いかける。

一緒に考える。

こどもの小さな反応や興味を手がかりにして、その子の言葉を探していく。

その積み重ねによって、こども自身も「自分はどうなりたいのか」に気づいていくのだと思います。


図解:こどもと教師の関係が深まるサイクル
1観察する

こどもをよく見て、考える

2仕掛ける

興味の入口をそっと差し出す

3反応を見る

こどもの言葉や表情を受け取る

この繰り返しの中で、信頼と「なりたい姿」が少しずつ見えてくる

こどもの「なりたい姿」、言語化できていますか?

今回のかなたくんのプレゼンを聞いて、

「タイピングをどう教えるか?」

という問いよりも、

「かなたくんは、本当は何をしたいのだろう?」

という問いのほうが、ずっと大切なのだと感じました。

そして、それはかなたくんだけの話ではありません。

僕たちは日々、こどもに対して、

「これができるようになってほしい」

「これを学んでほしい」

「こうなってほしい」

と考えます。

でも、それは本当に、

その子自身の「なりたい」「ありたい」から出発しているでしょうか。

教師として。

保護者として。

目の前にいるこどもを、どこまで見ているでしょうか。

何ができるようになってほしいかではなく。

何を学んでほしいかでもなく。

その子が、本当はどんな自分になりたいのか。

どんな自分でありたいのか。

私たちは、それを言葉にできているでしょうか。

こどもがまだ言葉にできていないなら、大人が勝手に決めるのではなく、一緒に探す。

「どうなりたい?」と直接聞くだけではなく、日々の興味や行動、表情やつぶやきに耳を澄ます。

そして、こどもの言葉になりかけている思いを、急がずに受け止める。

こどもの「なりたい姿」を、言語化できていますか?

それは、こども本人だけでなく、僕たち大人にも投げかけられている問いです。


あなたは、目の前のこどもの「本当になりたい姿」を語れますか?

親子で会話する様子
その子の「なりたい姿」、一緒に探しませんか

NIJINアカデミーは、決めつけずに問いかけ、一緒に考える少人数制のオルタナティブスクールです。まずはオンラインで雰囲気をご覧ください。

在籍900名超出席認定 希望者の9割以上少人数8〜10人制