「学校に行けなくなった我が子を前に、どうしていいか分からない」
「今のこの子の状態がずっと続くのだろうか……」
不登校のお子さんをもつ保護者の方なら、一度はそんな不安にかられたことがあるのではないでしょうか。
今回お話を伺ったのは、2年前からニジアカに入学した現在小学6年生の「いーさん」と、そのお母さんです。
当時は体調を崩すほど学校がしんどかったいーさんですが、ニジアカで自分らしさを発揮できる活動や温かい仲間との交流を通し、驚くほどの変化を遂げています。
ありのままの言葉で語ってくれた、いーさん親子のビフォーアフターをお届けします。
リアルでは見つからなかった「自分を発揮できる場所」
いーさんが学校に行かないと決めたのは、小学3年生の終わり頃。
担任の先生から細かく指示をされたり、管理されているように感じたりすることが、いーさんにとって大きな負担になっていたと言います。
学校を離れた当初は、適応指導教室やフリースクールなどを試してみました。
しかし、いーさんにとってはどこか「物足りない」ものでした。
そんな時、お母さんがインスタグラムで見つけたのがニジアカでした。
「前からニジアカが結構気になっていて、発信をたくさん見ていたんです。
直感的に『すごく良さそう』と思っていました」
とお母さん。
そのあと不思議なご縁が後押しします。通っていたスイミングスクールの先生が偶然ニジアカの先生でもあり、安心して入学を決めたそうです。
「みんなが主人公のRPGみたいな旅」を企画した修学旅行
ニジアカに入学後、いーさんにとって大きなチャレンジの1つとなったのが「淡路島への修学旅行」でした。
「正直、最初はUSJに行きたかった。でも、みんなが楽しめて、USJの代わりになるくらいRPG的なゲーム感覚で行けるところがないかなと思って、チャッピー(AI)に相談しました」
今ではAIも使いこなすいーさんは、校舎内で企画を発表し、さらに全校ホームルームでもみんなに持ちかけました。
「(自分の発案が)選ばれるかどうか分からなかったけど、意外といけた(笑)。
みんなと楽しめる場所ならどこでもいい!どうせなら、自分だけでなく『みんなが楽しめる』形にしたい」

正直、場所はどこでもいい。なぜなら、どこへ行くかより誰と行くかが大事だからです。
そんないーさんの熱い想いがたくさん詰まったプレゼンは、多くのニジアカ生に届きました。
さらに、「淡路島で、自分たちが貢献できることはないか?」というミッションを掲げ、教育の展示会EDIX2026の場では南あわじ市役所の方をお招きし、玉ねぎの活用法まで発表するという勇姿を見せました。

「実際に行ってみて、どうだった?」と聞くと、
「1日目の夜、ダンスパーティーの企画に誘われて行ったら、女子3人組に選ばれて!もう1人オーディションに受かった人と、めっちゃ仲良くなってそれが一番の思い出かも。……実は夜中にこっそり部屋を抜け出したり(笑)」
と、とびっきりの笑顔で、楽しかったワンシーンを思い出しながら教えてくれました!
その後、いーさんは全校ホームルームでも、淡路島修学旅行の振り返りをプレゼン資料にまとめ、堂々と発表しました。
涙と笑いありの面白エピソードやハプニング、そして、全員で淡路島の“広報大使”となり地域の課題解決に貢献するという学びの成果を伝える姿がありました。

⇩淡路島修学旅行のレポートはこちら

ニジアカという土台があるから、元の小学校へも「週4日」登校できるように
そんな自由でエネルギッシュな日々を過ごす中で、いーさんの心境に変化が訪れます。
家庭科のエプロンを作る授業をきっかけに、5年生の終わり頃から週に1回、小学校へ行ってみるようになったのです。
現在、いーさんは週に4日ほど小学校へ登校しています。 学校を離れたいーさんが、再び登校してみようと思えた背景には、ニジアカの存在が大きかったようです。
🌟いーさんにとって、ニジアカとは?
「なんでもありな居場所。まわりが、あたたかい目で受け止めてくれる。」
ニジアカ生と過ごす時間、自由な体験、そして自分で発案してプレゼンする経験。
1つ1つが心の土台となり、現在の学校への登校にもつながっているのだと感じました。
両方の居場所を大切にしながら、自分のペースで「ダブルスクール」を続けています。

「学校しかないと思っていた頃には分からなかった」
我が子の変化を一番近くで見守ってきたお母さんも、大きな気づきがあったと言います。
「ニジアカに入って初めて、この子は大人から一方的に教えられることや、みんなと同じを求められることが苦手だったんだと気づきました」
不登校になる前の3年生の頃、お母さんは良かれと思って、先生と同じ視点でいーさんに接していました。
「上履き履くんだよ」といった細かいことから口を出していた当時、いーさんはそれに強く反発していたそうです。
「ニジアカに入ると途端に別人のようで。就学前、集団行動をする前の我が子の姿に戻りました。
『あぁ、こういう環境がこの子には合うんだな』って、認めざるを得ない感覚でしたね。学校に行っていた頃は、今とは表情が全然違いました。体調を崩すこともありましたし、無理に行かせるのもしんどかったです」
お母さんは当時を振り返ります。
「こういう世界があるって、知らなかった。学校しかないと思っていた頃には分かりませんでした。
とにかく、その子に合った環境が見つかることがすごく大事なんだと、我が子から気づかされました」
「海外留学へ」我が子新発見の毎日はこれからも続く
今のいーさんの目は、もう日本だけには留まっていません。
「もうジャパンには目が無い(笑)」
と話す彼は、現在、ニジアカ生とオーストラリア留学を計画しています。

数年前からすると考えられなかった我が子の変容に、お母さんは、
「ニジアカでの姿を見て、『この子はこういう人だったんだ!こういうのが好きだったんだ』という発見の連続。もしあのまま無理に学校に行き続けていたら、気づけなかったかもしれません。いろいろな体験をさせてもらう中で、今も『我が子新発見!』をたくさんしています」
その子に合った安心できる環境さえあれば、子どもは自分でエネルギーを蓄え、大人が想像もしなかったような広い世界へ羽ばたいていくーー。
いーさんの笑顔とお母さんの言葉が、何よりそれを証明してくれています。

